コールセンターのセキュリティ事故を調べると、高度なハッキングによるものは意外なほど少数です。多いのは、「うっかり」と「ちょっとした出来心」と「想定外」です。

カード番号を読み上げた通話がそのまま録音サーバーに残っていた。覚えきれないパスワードを付箋に書いてモニターに貼っていた。退職予定者が顧客リストを持ち出した。地震で事務所に入れず、誰もシステムに入れなかった——。

どれも、特別な悪意や高い技術がなくても起きる事故です。そして行動経済学と認知科学が教えてくれるのは、「人は注意すれば間違えない」という前提そのものが間違っているということです。疲れた人は手順を飛ばし、覚えられない人は書き留め、機会があれば一部の人は不正をし、人は「うちは大丈夫」と思い込みます。

本記事では、環境・リスク管理シリーズの第3弾として、情報セキュリティと事業継続を取り上げます。カード情報入力時の録音自動停止・パスワードレス認証・不正操作の自動検知・災害時のリモート継続という4つの施策を、人間の弱さを前提にした設計として解説します。


① カード番号の入力中は、録音と画面キャプチャを「システムが」自動停止する

「録音を止めてから聞く」というルールは、なぜ破られるのか

クレジットカード業界の国際的なセキュリティ基準であるPCI DSSでは、カードの裏面に書かれた3〜4桁のセキュリティコードなどの「機密認証データ」を、決済の承認後に保存してはならないと定めています。暗号化していても保存は認められません。つまり、顧客がセキュリティコードを読み上げた通話を録音として残すことは、それだけで基準違反になり得ます。

日本でも、割賦販売法によってカード情報を扱う事業者には適切な管理が義務付けられており、業界のガイドライン(クレジットカード・セキュリティガイドライン)もPCI DSSへの準拠を求めています。

多くの現場では「カード番号を聞く前に録音を一時停止する」というルールで対応しています。しかしこのルールは、人間の記憶と注意に依存しているという根本的な弱点を抱えています。

認知科学で「展望的記憶」と呼ばれる「未来のある時点で何かをすることを覚えておく記憶」は、割り込みの多い作業中ほど失敗しやすいことが分かっています。顧客と会話しながら、画面を操作しながら、「あ、録音を止めなきゃ」と思い出す——これを1日何十回も確実に行うのは、構造的に無理があります。止め忘れが一度でも起きれば、その録音は情報漏えいの火種として残り続けます。

方式 仕組み 止め忘れ オペレーターが番号を知るか
手動で一時停止 オペレーターがボタンを押して録音を止め、聞き終えたら再開する 起きる 知る
画面と連動した自動停止 カード入力欄にカーソルが入った瞬間に録音・画面録画が止まり、入力完了で自動再開 起きない 知る
プッシュ音入力(DTMFマスキング) 顧客が電話のボタンで番号を入力。音は加工され、オペレーターにも録音にも番号が残らない 起きない 知らない

図1:カード情報を扱う際の録音停止方式の比較

実践手順

  • 最低ラインは「画面と連動した自動停止」:CRMやCTIのカード入力画面を開いた瞬間に、録音と画面録画をシステムが自動で止める設定にします。オペレーターの記憶に頼る工程を、手順から消すことが目的です
  • 可能なら「オペレーターに番号を聞かせない」方式へ:プッシュ音入力(DTMFマスキング)を使えば、オペレーターはカード番号を一切知らずに決済を完了できます。知らない情報は漏らしようがないため、最も確実な対策です。審査の対象となる範囲も小さくできる場合があります
  • AIで「残ってしまった番号」を探す:自動停止を導入しても、顧客が予期せぬタイミングで番号を読み上げることはあります。AIで通話の文字起こしを走査し、16桁の数字の並びやセキュリティコードらしき発話を検出して、該当部分を自動で消去(マスキング)する仕組みを二重の防御として置きます
  • 注意:カード番号を含む可能性のある音声や文字起こしを、契約内容を確認していない外部のAIサービスに送ってはいけません。AIの処理は、データが外部に保存・学習されない環境で行います。また、自動停止の導入だけでPCI DSSに準拠したことにはなりません。準拠の確認は、基準全体について専門の評価を受けて行います

② パスワードをやめ、生体認証・シングルサインオンにする

覚えられないルールは、必ず「抜け道」を生む

「大文字・小文字・数字・記号を含む12文字以上」「システムごとに別のパスワード」「90日ごとに変更」——セキュリティを高めるはずのこうしたルールが、実際にはセキュリティを下げていることがあります。

理由は人間の記憶の限界です。心理学者ジョージ・ミラーが示したように、人が一度に覚えておける情報には限りがあります。CTI・CRM・社内チャット・勤怠システム——それぞれに別の複雑なパスワードを設定し、定期的に変えろと言われれば、人は覚えるのをやめて別の方法を取ります。付箋に書いてモニターに貼る、すべて同じパスワードにする、末尾の数字だけを変える、といった方法です。

この現実を受けて、考え方は大きく変わりました。米国の標準技術研究所(NIST)は、利用者に定期的なパスワード変更を強制すべきではないという指針を示しています。日本でも総務省が2018年に、定期変更は不要という方針を示しました。覚えさせるより、覚えなくて済む仕組みにする——これが現在の考え方です。

複雑なパスワードを複数持たせる
📝 付箋に書いてモニターに貼る
🔁 全システムで同じものを使い回す
🔢 「Pass01」「Pass02」と数字だけ変える
⏱ 忘れて問い合わせ、始業が遅れる
→ ルールは厳しいのに、実態は弱い

生体認証+シングルサインオン
👆 指紋・顔で一度ログインするだけ
🔗 CTI・CRM・チャットに自動でログイン
🧠 覚えるものがないので、書き留めない
🚪 退職時は1か所止めれば全部止まる
→ 楽になるほど、安全になる

図2:記憶の負担が大きいほど、人は危険な抜け道を選ぶ

実践手順

  • 入口を1つにまとめる:シングルサインオン(SSO)を導入し、業務で使うシステムへのログインを1回にまとめます。行動経済学でいう「摩擦」が減ると、人は抜け道を探す理由がなくなります
  • 入口には必ず多要素認証を:入口を1つにまとめると、そこを破られたときの被害は大きくなります。SSOには、生体認証やスマートフォンでの承認など、パスワード以外の要素を必ず組み合わせます。フィッシング(偽サイトでIDを盗む手口)に強い「パスキー(FIDO2)」も有力な選択肢です
  • 共用端末の運用を決める:シフト制で席を共有するコールセンターでは、端末ごとの指紋登録が難しい場合があります。その場合は、個人に配るICカードや、本人のスマートフォンで承認する方式など、共用でも本人を確かめられる方法を選びます
  • 生体情報の扱いを明示する:指紋や顔のデータは、変更できない極めて重要な個人情報です。データが端末の中だけに保存されるのか、どこに保存されるのかを確認し、利用目的とあわせてオペレーターに説明します。説明がないまま導入すると、不信感が生まれます
  • AIでログインの異常を見る:「深夜に海外からログインがあった」「短時間に何度も認証に失敗している」など、通常と違うログインをAIが検出し、管理者に通知します。これは次の③の仕組みとつながっています

③ 不正操作をシステムが検知し、段階的に・即座にロックする

不正は「悪人」ではなく「機会」から生まれる

2014年、大手教育企業で、委託先の従業員が顧客情報を不正に持ち出す事件が起きました。漏えいした情報は約3,000万件規模とされ、社会に大きな衝撃を与えました。この事件が示したのは、正当な権限を持つ内部の人間が、業務用の端末から大量のデータを持ち出せる状態の危うさでした。

犯罪学者ドナルド・クレッシーが提唱した「不正のトライアングル」によれば、不正は3つの条件がそろったときに起こります。①お金に困っているなどの「動機」、②不正をしても見つからない「機会」、③「会社が悪いのだから仕方ない」といった「正当化」です。

このうち、会社が仕組みで直接なくせるのは「機会」だけです。動機や正当化は個人の内面にあり、外からは見えません。行動経済学者ダン・アリエリーの研究でも、多くの人は「見つからない」と感じる状況で小さな不正をしやすくなることが示されています。つまり、特別な悪人がいなくても、機会がある限り不正は起こり得るのです。

① 動機
金銭的な困窮、職場への不満など
外からは見えにくい
② 機会
大量に取り出せる、誰も気づかない
システムでなくせる
③ 正当化
「これくらいなら」「会社が悪い」
外からは見えにくい

図3:不正のトライアングル——仕組みで消せるのは「機会」だけ

「いつもと違う」をAIが見つける

不正の検知に有効なのが、一人ひとりの「普段の行動」を基準にして、そこから外れた動きを見つける方法です。ユーザー行動分析(UEBA)と呼ばれる考え方で、AIが各オペレーターの通常の操作パターンを学習し、大きく外れた操作を自動で検出します。

あるオペレーターの顧客データ閲覧・出力件数(1時間あたりのイメージ)

先月の平均
約25件
昨日
約30件
今日 18:40
🚨 自動ロック
約420件
AIが重ねて見た要素:件数が普段の約17倍/担当外の地域の顧客が中心/終業間際の時間帯/CSV出力を繰り返し実行。一つひとつは説明がつく行動でも、重なると危険信号になります。

図4:本人の「普段」を基準にすると、異常は一目で分かる

実践手順

「即座にロック」は重要ですが、誤った検知で正当な業務まで止めてしまうと、現場の不満が高まり、仕組みそのものが使われなくなります。そこで、危険度に応じて対応を段階的に変える設計にします。

レベル1
記録と通知:普段よりやや多い閲覧。管理者に通知し、後で確認する
レベル2
追加の本人確認:データの一括出力など。操作を一時止め、再度の本人確認と理由の入力を求める
レベル3
即時ロック:普段の10倍を超える大量出力、許可されていない外部記憶装置への保存など。アカウントを自動で止め、責任者に即時連絡する

図5:誤検知で業務を止めないための、3段階の対応設計

  • そもそも「取り出せない」ようにする:検知の前に、権限を絞ることが基本です。オペレーターには担当業務に必要な顧客情報だけを見せ、CSVでの一括出力やUSBメモリへの保存は、原則としてできない設定にします
  • 見られていることを伝える:監視の仕組みは、隠すよりあらかじめ伝える方が効果的です。「操作の記録はすべて残り、AIが確認しています」と周知することで、「機会」の認識そのものが減ります。個人情報保護委員会のガイドラインでも、従業員を監視する場合は目的を定めて周知することが望ましいとされています
  • AIの判断は人が確かめる:ロックされたアカウントの解除は、必ず責任者が状況を確認してから行います。AIは「疑わしい動き」を見つける道具であり、最終的に不正と判断するのは人の役割です
  • 退職予定者に注意する:内部不正は、退職が決まった後に起きやすいとされています。退職の申し出があった時点で、データを出力する権限を見直す手順を決めておきます

④ 災害時もクラウドで業務を続けられる環境を整える

人は「うちは大丈夫」と考えるようにできている

災害への備えが後回しにされやすいのには、心理学的な理由があります。人は、異常なことが起きても「たいしたことはない」と考えようとする「正常性バイアス」と、悪いことは自分には起きにくいと考える「楽観性バイアス」を持っています。「大きな地震が来たら」と考えても、具体的な手順まで決めないまま日常に戻ってしまうのは、このためです。

そしてもう一つ重要なのが、強いストレスの下では、人の注意の範囲が狭くなることです。災害の当日、慌てた状態で「どのシステムに、どうやってログインするか」を考えるのは極めて困難です。平時に決めて練習していない手順は、いざというときに使えません。

加えて、よくある誤解があります。「クラウドを使っているからデータは安全」という考えです。クラウドの事業者が責任を持つのは、多くの場合サービスの基盤までです。誤操作による削除や、ランサムウェア(データを暗号化して身代金を要求する攻撃)によるデータの破壊から守るためのバックアップは、利用者側で設計する必要がある場合が少なくありません。契約しているサービスで、どこまでが事業者の責任かを確認しておくことが出発点です。

🏠 災害時の業務継続で、事前に決めておく項目
何時間で再開するか
(目標復旧時間:RTO)
例:受電業務は4時間以内に在宅で再開。発信業務は翌営業日から
どの時点まで戻せるか
(目標復旧時点:RPO)
例:顧客データは1時間前の状態まで戻せること
バックアップの持ち方 3-2-1ルール:データを3つ持つ/2種類の保存先に分ける/1つは別の場所に置く。加えて、攻撃者が書き換え・削除できない形式で1つ残す
誰が在宅で入るか 在宅で業務ができる人と、使う端末を事前に登録しておく
どうやって連絡するか 社内システムが止まっても使える連絡手段(安否確認サービスなど)を決めておく

図6:慌てた状態で考えなくて済むよう、数値と手順を事前に決める

実践手順

  • 在宅ログインの安全性を確保する:自宅から業務システムに入る際は、②で紹介した多要素認証を必須にします。個人のパソコンではなく会社が管理する端末を使い、顧客情報を端末に保存できない設定にします。家族に画面や会話が見聞きされない場所で業務を行うなど、在宅時の情報管理のルールも事前に決めて同意を得ておきます
  • 年に2回、実際に在宅で業務をしてみる:手順書を作っただけでは不十分です。実際にオペレーターが自宅からログインし、1時間でも電話を受けてみる訓練を行います。ログインできない、音声が途切れる、ヘッドセットが手元にない——訓練でしか見つからない問題が必ず出てきます
  • バックアップから「戻せるか」を確かめる:バックアップを取っていても、いざ戻そうとしたら戻せなかったという事例は珍しくありません。年に1回以上、実際にデータを復元してみて、目標の時間内に戻せるかを確認します
  • AIで訓練と点検を支援する:AIに「地震で本社に出社できず、通信回線の一部も止まった」といった具体的な災害の状況を作らせ、訓練のシナリオとして使います。また、バックアップの実行記録やシステムのログをAIに要約させ、失敗しているバックアップがないかを定期的に確認させることもできます

まとめ:安全は「注意」ではなく「設計」で守る

施策 前提にした人間の弱さ AIの役割
① 録音・画面録画の自動停止 展望的記憶の失敗(止め忘れ) 文字起こしに残った番号の検出と消去
② 生体認証・SSO 記憶の限界と、摩擦からの抜け道 通常と違うログインの検出
③ 不正操作の自動検知とロック 機会があれば起こる小さな不正 本人の普段からのずれを検出
④ 災害時のクラウド継続 正常性バイアス・楽観性バイアス 訓練シナリオの作成、バックアップの点検

4つの施策に共通するのは、「人は間違える」「人は忘れる」「人は楽な方を選ぶ」「人は大丈夫だと思い込む」という事実を、責めるのではなく前提として受け入れていることです。

「気をつけてください」と注意を促す対策は、疲れた日、忙しい日、慌てた日に必ず破られます。一方、録音が自動で止まる、パスワードを覚えなくてよい、大量の出力ができない、在宅で入る手順が体に染み込んでいる——こうした仕組みによる対策は、人の状態に関係なく働き続けます。成功している管理者は、オペレーターの注意力に頼る範囲を、意図的に小さくしているのです。

今日から始められる最初の一歩は、フロアを一周して、モニターや机にパスワードを書いた付箋が貼られていないかを確かめることです。もし見つかっても、その人を叱らないでください。それは、覚えきれないルールを作った仕組みの側の問題を教えてくれる、貴重なサインです。


本記事はコールセンター運営・情報セキュリティの改善を検討している管理者・経営者向けに、行動経済学・認知科学・AI活用の観点から執筆しています。PCI DSSや個人情報保護法などへの準拠の判断は、最新の基準をご確認のうえ、専門家にご相談ください。セキュリティ設計・事業継続計画のご相談はお気軽にお問い合わせください。