オペレーターを疲れさせているのは、仕事の「量」だけではありません。仕事と仕事以外の「境界」があいまいなことも、静かに疲労を積み上げています。

業務中にニュースサイトが開ける。終業後も「少しだけ」とログインできる。理不尽な顧客との通話を、どこで切ってよいか分からない。毎日同じ席で、同じ景色を見続ける——。

どれも一見すると小さな問題ですが、認知科学の視点で見ると共通点があります。いずれも「どこまでやるか」「いつやめるか」の判断を、オペレーター個人に委ねているという点です。そして人間は、その判断を毎回正しく行えるようにはできていません。

本記事では、環境・リスク管理シリーズの第4弾として、「境界を仕組みで引く」4つの施策を取り上げます。業務外サイトの遮断、終業後のログイン制限、カスタマーハラスメントの切断ルール、フリーアドレスの活用です。いずれも、やり方を誤ると逆効果になる施策でもあるため、効果と注意点の両方を正直に解説します。


① 業務外のWebサイトをネットワークで遮断し、集中を守る

「ちょっと見るだけ」の代償は、その数分では済まない

カリフォルニア大学アーバイン校のグロリア・マークらの研究では、作業が中断された人が元の作業に戻るまでに平均で約23分かかったと報告されています。中断そのものは数十秒でも、注意を元の状態に戻すには、その何倍もの時間がかかるのです。

さらに、ワシントン大学のソフィー・ルロワは「注意残余(Attention Residue)」という現象を示しました。ある作業から別の作業に移っても、前の作業についての考えが頭に残り、次の作業に使える注意が減ってしまうというものです。通話の合間にニュースやSNSを見ると、次の通話が始まってもその内容が頭の片隅に残り、顧客の言葉への集中が浅くなります。

人は「見ない」と決めていても、開ける状態にあれば見てしまいます。これは意志が弱いからではなく、すぐ手の届く誘惑に抵抗し続けること自体が、脳のエネルギーを使うからです。だからこそ、本人の意志ではなく、ネットワークの設定で「そもそも開けない」状態を作ることに意味があります。

業務外サイトを「1分だけ」見たときに失われる集中(イメージ)

サイトを見た時間
約1分
集中が戻るまで
注意残余が続く時間
最大 約23分

※約23分はオフィスワーカーを対象とした研究(Mark et al.)で報告された平均値。業務内容によって変わります

図1:中断の時間は短くても、集中が戻るまでには長い時間がかかる

「全部禁止」が正解ではない理由

ただし、注意しておきたい研究もあります。オーストラリアのメルボルン大学の調査では、勤務時間の2割未満の範囲で私的にネットを見ていた人は、まったく見ない人より生産性が高かったと報告されています。短い気分転換には、疲れた注意を回復させる効果もあるのです。

つまり問題は「見ること」そのものではなく、通話の合間という集中すべき場面で、いつでも見られてしまうことです。業務端末では遮断し、休憩中は休憩室で自由に過ごせる——という場所と時間の切り分けが、両方の効果を得る現実的な設計になります。

方式 仕組み 向いている業務
ブラックリスト方式 SNS・動画・ニュースなど、指定したサイトだけを遮断する 調べものが多い業務、SV・管理者の端末
ホワイトリスト方式 CTI・CRM・社内システムなど、許可したサイト以外をすべて遮断する 使うシステムが決まっている受発信業務の端末

図2:業務の性質に合わせて遮断方式を選ぶ

実践手順

  • オペレーター端末はホワイトリストで:使うシステムが決まっている端末では、許可したサイト以外に接続できない設定にします。業務外サイトだけでなく、偽サイトやウイルスの入り口も同時にふさげるため、セキュリティ対策としても効果があります
  • 理由を説明してから導入する:何の説明もなく遮断すると「監視されている」「信用されていない」と受け取られます。「集中が戻るまでに長い時間がかかる」という研究と、「休憩中は自由に過ごしてよい」という方針をセットで伝えます
  • 例外の申請を簡単にする:業務で必要なサイトが遮断された場合に、すぐ申請できる窓口を作ります。申請が面倒だと、業務に必要な調べものまで止まってしまいます
  • AIで申請を素早くさばく:寄せられた例外申請をAIが「業務関連かどうか」「安全なサイトか」で一次判定し、管理者の承認を早めます。また、遮断ログをAIに集計させると、業務に必要なのに遮断されているサイトが見つかり、リストの見直しに使えます

② 終業後はログインを止め、隠れ残業をできなくする

「もう少しだけ」は、本人の判断に任せると止まらない

「タイムカードを押した後で、残りの入力を片付ける」「定時後に少しだけログインして明日の準備をする」——こうした記録に残らない残業は、本人にとっては善意でも、会社にとっては重大なリスクです。賃金が支払われない時間外労働は労働基準法違反にあたり、2019年からは時間外労働の上限も法律で定められています。

また厚生労働省は、労働時間の把握について、パソコンの使用時間の記録など客観的な方法で確認することを求めるガイドラインを示しています。システムにログインできる以上、その時間は記録として残ります。

心理面でも、隠れ残業は疲労を深めます。心理学の「ツァイガルニク効果」が示すように、人は終わっていない作業ほど気になり続けます。「あとで少しやればいい」という逃げ道があると、頭の中で仕事が終わらず、帰宅後も休まりません。そして睡眠不足は、翌日の判断力や感情のコントロールを確実に下げます。

本人の判断に任せる限り、真面目な人ほど残ります。終わりの時刻を、システムが決めることが必要なのです。

定時18:00の場合のログイン制御の流れ(例)

17:30
予告:「終業30分前です。残りの後処理を確認しましょう」と画面に表示
17:45
新規架電の停止:新しい発信の割り当てを止め、後処理の時間を確保する
18:00
自動ログアウト:通話中の場合は、通話が終わった時点でログアウト。以降は再ログイン不可
例外
残業の事前申請:SVが承認した場合のみ、承認した時間まで延長できる。延長時間は自動で勤怠に記録

図3:通話を途中で切らず、記録に残らない残業をなくすための流れ

実践手順

  • 通話の途中では絶対に切らない:顧客と話している最中にログアウトさせると、顧客に迷惑がかかり、オペレーターに強いストレスを与えます。「通話が終わった時点でログアウト」を必ず条件にします
  • 終業15分前に新しい仕事を止める:ログアウトの時刻だけ決めても、直前まで電話をかけていれば後処理が残ります。新規の割り当てを早めに止め、時間内に仕事が終わる設計にすることが本当の目的です
  • 残業は「申請と承認」で正規化する:必要な残業まで禁止すると、紙のメモや私物のスマートフォンで仕事を続けるなど、もっと見えない場所に隠れてしまいます。正規の申請ルートを用意し、承認された残業は正しく記録・支払いします
  • AIで「隠れ残業の兆候」を見つける:パソコンの使用ログと勤怠の打刻記録をAIで突き合わせ、ずれが大きい人や部署を自動で抽出します。また、業務量と人員のデータから残業が発生しやすい日を予測し、シフトの調整に使います。ログイン制限は対症療法にすぎず、仕事が時間内に終わらない原因を減らすことが根本の対策です

③ カスハラの基準を決め、SVが通話を切る権限とルールを持つ

「どこまで耐えるべきか」を個人に判断させてはいけない

理不尽な暴言や長時間の拘束を受けたとき、オペレーターが最も苦しむのは、言葉そのものだけではありません。「これはまだ普通のクレームなのか」「切ってもいいのか」「切ったら怒られるのか」という判断を、その場で1人で迫られることです。

社会学者アーリー・ホックシールドは、仕事として自分の感情を抑え続ける労働を「感情労働」と名付け、それが心身を消耗させることを示しました。そこに「切っていいか分からない」という迷いが加わると、オペレーターは不当な扱いに耐え続けるしかなくなります。これが繰り返されると、「何をしても無駄だ」という学習性無力感や、心身の不調・離職につながります。

社会の動きも変わっています。厚生労働省は2022年に「カスタマーハラスメント対策企業マニュアル」を公表し、東京都では2025年4月にカスタマー・ハラスメント防止条例が施行されました。さらに2025年には、事業主にカスハラ対策を義務付ける改正法も成立しています(施行時期などは最新の情報をご確認ください)。従業員を守る仕組みは、もはや企業の責任になりつつあります。

大切なのは、正当な苦情とカスハラを区別する基準を前もって決めておくことです。商品やサービスへの正当な不満は、顧客の大切な声です。問題になるのは、要求の中身が不当な場合や、要求を伝える手段・態度が社会の常識を超えている場合です。

分類 具体的な例 対応
正当な苦情 商品の不具合への不満、説明不足への指摘(強い口調でも内容は正当) 丁寧に対応
要注意 同じ要求の繰り返しで長時間(例:30分超)に及ぶ、大声での威圧が続く SVに交代
カスハラ 人格を否定する暴言、脅迫(「家に行くぞ」等)、性的な発言、土下座などの不当な要求、差別的な発言 警告後に切断

図4:正当な苦情とカスハラを区別する判断基準の例(具体的な時間や表現は自社で定める)

実践手順

  • 基準を文書にして全員で共有する:図4のように、カスハラにあたる行為を具体的な例で書き出します。あいまいな表現(「ひどい場合は」など)は避け、誰が判断しても同じ結論になる書き方にします
  • 切断の判断はSVが持つ:オペレーター本人が「切る」判断をすることは、精神的に大きな負担です。カスハラにあたる場合は、SVが交代して対応し、必要であればSVの判断で切断するルールにします。オペレーターは「SVに渡す」ことだけを考えればよい状態を作ります
  • 切断の手順を決めておく:いきなり切るのではなく、「①行為をやめるよう伝える → ②やめなければ通話を終える旨を予告する → ③終了する」という段階を踏みます。毎回同じ言葉で対応できるよう、短い台本を用意しておきます
  • AIで兆候を知らせ、記録を残す:通話の文字起こしと感情解析から、暴言や脅迫にあたる表現をAIが検出し、SVに知らせます。また、切断した通話は録音・文字起こしとともに記録として保存します。後から「なぜ切ったのか」を説明できる記録が、会社と従業員の両方を守ります。ただし、AIの判定だけで切断せず、最終判断は必ずSVが行います
  • 切断後のケアを必ずセットにする:カスハラを受けたオペレーターには、SVが声をかけ、すぐに次の電話を取らなくてよい時間を確保します。「あなたは悪くない」と言葉で伝えることも大切です

④ フリーアドレスで「場所の文脈効果」を活かす

覚えたことは、覚えた「場所」と結びついている

1975年、イギリスの心理学者ゴッデンとバドリーは、ダイバーを使ったユニークな実験を行いました。単語を「陸上」と「水中」のどちらかで覚えてもらい、その後「陸上」と「水中」のどちらかで思い出してもらったのです。

結果は、覚えた場所と思い出す場所が同じとき、思い出せる単語が多かったというものでした。記憶は、それを覚えたときの周囲の環境(文脈)と結びついて保存されているのです。これを「文脈依存記憶」と呼びます。

覚えた場所\思い出した場所 陸上 水中
陸上で覚えた 多く思い出せた 少なかった
水中で覚えた 少なかった 多く思い出せた

図5:覚えた場所と思い出す場所が一致すると、記憶を取り出しやすい(Godden & Baddeley, 1975)

この効果は、コールセンターの席にも2つの形で関係します。

1つ目は、気分との結びつきです。毎日同じ席に座り続けると、その場所は「昨日のクレーム」「先週の嫌な通話」といった記憶とも結びつきます。席に着いた瞬間に、過去の疲れや嫌な気分がよみがえりやすくなるのです。席を変えることは、その結びつきをいったん切り、気持ちを切り替えるきっかけになります。

2つ目は、スキルの定着です。心理学者スミスらの研究(1978年)では、同じ内容を1つの部屋で学んだ人より、2つの異なる部屋で学んだ人の方が、別の場所でテストしたときによく思い出せたと報告されています。いろいろな場所で練習した技術は、特定の場所に縛られにくくなります。これは、前回の記事で触れた災害時の在宅勤務のように、普段と違う環境でも力を発揮することにつながります。

フリーアドレスには、逆効果になる面もある

一方で、フリーアドレスには注意すべき研究もあります。決まった席がないことで「自分の居場所がない」と感じたり、毎朝の席探しが負担になったりして、かえってストレスが増えたという報告があるのです。また、新人の隣に教え役の先輩を置く、チームで声をかけ合うといった、近くにいることで生まれる良い効果が失われることもあります。

固定席
✅ 居場所の安心感
✅ チームの連携
❌ 気分を切り替えにくい
❌ 場所に縛られる

完全フリーアドレス
✅ 気分を切り替えやすい
✅ 多様な人と交流
❌ 居場所のなさ
❌ 席探しの負担

⭐ グループアドレス
✅ チームのエリアは固定
✅ エリア内で席を変える
✅ 先輩との距離を保てる
✅ 席探しの負担が小さい

図6:コールセンターでは「グループアドレス」が両方の良さを取りやすい

実践手順

  • まずはグループアドレスから:チームごとにエリアを決め、その中で毎日席を変える方式にします。チームの連携を保ちながら、景色と隣の人が変わる効果を得られます
  • どの席でも同じように働ける設備に:席を変えるたびに使い勝手が変わると、気分転換どころか負担になります。シリーズ第2弾で紹介したモニターアームや、第1弾の個人支給のヘッドセットを前提にし、どの席でも数秒で自分に合わせられる状態にします
  • 新人と教え役の組み合わせは残す:入社後しばらくの新人は、教え役の先輩と隣り合う席を優先的に割り当てます。気分転換より、安心して質問できる距離の方が大切な時期だからです
  • AIで席を割り当てる:毎朝の席探しをなくすため、AIが出勤予定者の中から席を自動で割り当てます。「同じ席が続かない」「新人の隣に先輩」「CO2濃度が高くなりやすい場所に人を集めすぎない」といった条件を同時に満たす配置は、人が手で考えるより、AIに任せた方が早く正確です
  • 効果を確かめる:導入前後で、匿名アンケートの「気分の切り替えやすさ」「居場所の安心感」の点数を比べます。安心感が下がっているなら、エリアを狭めるなど方式を見直します

まとめ:「どこまで」「いつまで」を、仕組みで決める

施策 根拠となる知見 注意すべき落とし穴
① 業務外サイトの遮断 中断の回復時間・注意残余 説明なしの遮断は不信を生む。休憩中の自由は残す
② 終業後のログイン制限 ツァイガルニク効果・労働時間の客観的把握 通話中に切らない。残業の正規ルートを用意する
③ カスハラの切断ルール 感情労働・学習性無力感 正当な苦情まで切らない。最終判断はSVが行う
④ フリーアドレス 文脈依存記憶(ゴッデンとバドリー) 居場所のなさと連携の低下。グループアドレスから始める

4つの施策に共通しているのは、「どこまでやるか」「いつやめるか」という線引きを、個人の判断から仕組みへ移していることです。サイトを見ないよう我慢する、残業を自分で切り上げる、理不尽な顧客にどこまで耐えるかを決める——こうした判断を1日中続けること自体が、オペレーターの心を消耗させています。

同時に、境界を引く施策は、やり方を誤ると「締め付け」に変わります。成功している管理者は、遮断するなら理由を説明し、ログインを止めるなら仕事が時間内に終わる設計を先に作り、通話を切るなら正当な苦情との違いを明確にし、席を変えるなら居場所の安心感を守ります。境界は、人を縛るためではなく、人を守るために引くものです。

今日から始められる最初の一歩は、SVとオペレーターに「どんな言葉を言われたら、SVに代わってもらっていいか」を聞いてみることです。人によって答えが違えば、それがカスハラの基準を文書にすべき理由になります。


本記事はコールセンター運営・職場環境の改善を検討している管理者・経営者向けに、行動経済学・認知科学・AI活用の観点から執筆しています。研究の数値は報告をもとにした目安であり、効果は職場によって異なります。労働時間管理やカスタマーハラスメント対策の法的な判断は、最新の法令をご確認のうえ、専門家にご相談ください。